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「名草郡荒賀郷(和歌山県)」の版間の差分

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現在比定地について、「続風土記」は「今の神宮郷の内なり、郷中黒田村の内に荒賀といふ地あり」と記るしていることから、近世における黒田村のうちに「荒賀」という遺称をとどめていたことがわかる。さらに、年月日不詳の諸郷畠田段別名寄帳(日前宮古文書)に「黒田郷〈アラカ〉一段」と見える。「地理志料」も現在の和歌山市の出水・黒田・太田・吉田・新在家などの一帯に比定しており、忌部氏の本拠地である忌部郷に近接していたと推定される。(p90)
 
現在比定地について、「続風土記」は「今の神宮郷の内なり、郷中黒田村の内に荒賀といふ地あり」と記るしていることから、近世における黒田村のうちに「荒賀」という遺称をとどめていたことがわかる。さらに、年月日不詳の諸郷畠田段別名寄帳(日前宮古文書)に「黒田郷〈アラカ〉一段」と見える。「地理志料」も現在の和歌山市の出水・黒田・太田・吉田・新在家などの一帯に比定しており、忌部氏の本拠地である忌部郷に近接していたと推定される。(p90)
 
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[[Category:和歌山県]]
 
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2016年1月14日 (木) 01:59時点における版


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緯度経度 34° 13' 55" 北, 135° 11' 59" 東

現在比定地について、「続風土記」は「今の神宮郷の内なり、郷中黒田村の内に荒賀といふ地あり」と記るしていることから、近世における黒田村のうちに「荒賀」という遺称をとどめていたことがわかる。さらに、年月日不詳の諸郷畠田段別名寄帳(日前宮古文書)に「黒田郷〈アラカ〉一段」と見える。「地理志料」も現在の和歌山市の出水・黒田・太田・吉田・新在家などの一帯に比定しており、忌部氏の本拠地である忌部郷に近接していたと推定される。(p90)