その所在地は厳密には明らかではないが、後世、小矢部川の上流一帯を川上と称し、近隣に展開する諸郷をさして川上十郷の呼称も存ずるところより見れば、やはり諸説の言うように、近世の石黒郷・広瀬郷・山田郷などの地に比定するのが妥当であろう。現在の西礪波郡福光町から東礪波郡城端町あたりにかけての地域である。(p.276)