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「豊前国下毛郡大家郷(宇佐八幡宮領)(荘園)」の版間の差分

 
 
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山国川の河口部右岸一帯の中津平野に展開していた。(『講座日本荘園史』第10巻p.210)※豊前国荘園分布図(第10巻p.203)よりおおよその位置をプロットした。
 
山国川の河口部右岸一帯の中津平野に展開していた。(『講座日本荘園史』第10巻p.210)※豊前国荘園分布図(第10巻p.203)よりおおよその位置をプロットした。
 
(『講座日本荘園史』に基づくプロットでは、現在の大字より広域に比定される荘園もプロットしています。具体的な比定地に関する記述がない場合、プロット地点はあくまで比定地の目安としてご検討ください。)
 
(『講座日本荘園史』に基づくプロットでは、現在の大字より広域に比定される荘園もプロットしています。具体的な比定地に関する記述がない場合、プロット地点はあくまで比定地の目安としてご検討ください。)
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※[[「日本荘園データベース」の荘園比定地について]]
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[[Category:千年村]]
 
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2023年2月9日 (木) 11:51時点における最新版


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緯度経度 33° 35' 56" 北, 131° 12' 11" 東

山国川の河口部右岸一帯の中津平野に展開していた。(『講座日本荘園史』第10巻p.210)※豊前国荘園分布図(第10巻p.203)よりおおよその位置をプロットした。 (『講座日本荘園史』に基づくプロットでは、現在の大字より広域に比定される荘園もプロットしています。具体的な比定地に関する記述がない場合、プロット地点はあくまで比定地の目安としてご検討ください。)

「日本荘園データベース」の荘園比定地について