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「豊田郡豊田郷(広島県)」の版間の差分

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「芸藩通志」は和木・大草(大和町)のあたりとし、「地理志料」は山福田・和木・大草の各村をあてる。「県史」は、河内町河戸に郡戸八幡神社があることから河戸を郡家の遺命とする「旧県史」の説を付会とし、大和町南半分にあたるとする。現在の大和町の南部に比定される。(p569)
 
「芸藩通志」は和木・大草(大和町)のあたりとし、「地理志料」は山福田・和木・大草の各村をあてる。「県史」は、河内町河戸に郡戸八幡神社があることから河戸を郡家の遺命とする「旧県史」の説を付会とし、大和町南半分にあたるとする。現在の大和町の南部に比定される。(p569)
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※[[『和名類聚抄』の郷名比定地について]]
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[[Category:千年村]]
 
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[[Category:『和名類聚抄』の郷名]]
 
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[[Category:広島県]]
 
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2016年1月14日 (木) 03:44時点における版


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緯度経度 34° 30' 1" 北, 132° 57' 24" 東

「芸藩通志」は和木・大草(大和町)のあたりとし、「地理志料」は山福田・和木・大草の各村をあてる。「県史」は、河内町河戸に郡戸八幡神社があることから河戸を郡家の遺命とする「旧県史」の説を付会とし、大和町南半分にあたるとする。現在の大和町の南部に比定される。(p569)


『和名類聚抄』の郷名比定地について