下総国葛飾郡八嶋郷は、後に大嶋郷(大島郷)になったと見られ、東京都葛飾区と江戸川区とされます。
正倉院文書に下総国葛飾郡大嶋郷戸籍があり、ウィキペディアなどにに記載があります。八嶋郷や大嶋郷・大島郷はコトバンクなどにあります。
大島郷に甲和里、仲村里、嶋俣里があり、甲和里は江戸川区小岩、嶋俣里は葛飾区柴又とされます。柴又は帝釈天、かなりの古社とされる柴又八幡神社と本殿下の柴又八幡神社古墳があって、付近から奈良時代の遺跡が纏まって出ています。柴又八幡神社古墳は、下総型埴輪と、石材は鋸山の房州石で、房総側との繋がりが大きいです。柴又は江戸川を跨いで南東側の、下総国国府があった千葉県市川市国府台と、近隣で上記の点から、強い繋がりがあったと想定します。国府台南方の真間地区は、嘗て真間浦という大きな浦と河岸があり、万葉集に多数の歌が詠まれた歌枕でした。
八嶋郷の中心地は、遺跡や遺物や社寺的に柴又で良いと思います。八嶋郷は後に大島郷へなったとの注記も必要と思います。
下総国千葉郡糟𦲤郷(かそりごう)ですが、千葉県千葉市若葉区加曽利町が中心と以前記しました。千葉県は貝塚の数が最多ですが、中でも千葉市に集中、特に加曽利貝塚付近の町に、大規模貝塚が集中します。以前記しましたが、加曽利貝塚は世界最大で、加曽利B式・加曽利E式土器の標識遺跡です。ただ場所は加曽利町でなく、隣接した若葉区桜木でした。申し訳ありません。
西側に隣接した貝塚町貝塚群は、千葉貝塚とも呼ばれます。国指定史跡の荒屋敷貝塚と、草刈場貝塚・台門貝塚など多数の貝塚があります。総称して千葉貝塚とすると、加曽利貝塚以上の最大規模です。貝塚町も割と自然は残っています。
加曽利貝塚はかなり大きな遺跡公園です。東方に隣接する坂月川周辺は、都市圏ながらかなり自然が残り、千葉市の縄文の森特別緑地保全地区となっています。日本を代表する縄文遺跡で、郷名を冠した遺跡名で、五千年前なので五千年村でしょうか。周辺も貝塚が多く、自然がかなり残り、この特殊性は類例があるか分かりません。
この地域が認定条件を満たすかどうかはわかりませんが、仮に千年村ではなくても、とても重要な意味性を持つ地域だと思います。事情があり会場に行ったり、多くの時間をかけるのは困難です。本来提案者が調べるのですが、無責任ではありますが、難しい部分があり、しかし特殊性と千年村的な性質を持つ地域の放置は勿体ないと思い記しました。失礼致しました。
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